はじめに
去年の健康診断で、腎臓の機能を示すeGFRという数値が50ちょっとだった。医師から「腎臓の機能が100点満点中50点」と例えられ、テストの点数で言えば決して良いとは言えない結果に少し驚いた。このブログでは、腎臓の状態について感じたことや考えたことを綴る。なお、この文章は個人の実体験と感想に基づくもので、現在腎臓病で治療中の方への偏見や中傷を意図するものではない。不快な思いをさせてしまった場合、深くお詫びしたい。
腎臓の数値とその意味
健康診断でeGFRが50ちょっとだったと知った当初は、あまり深く考えなかった。でも、最近調べてみると、この数値は腎臓の機能がかなり低下していることを示しており、放置するとさらに悪化し、将来的に人工透析が必要になる可能性もあるとわかった。一方で、ネット上では「50代でeGFRが60程度の人は珍しくない」と書く医師もいて、過度に心配する必要はないのかな、とも思う。それでも、数値が良いに越したことはないので、できる範囲で腎臓の機能を維持する方法を考えたい。
人工透析の現実を目の当たりに
よく近所を散歩するけど、途中に人工透析を行っている病院がある。土曜日でも駐車場には多くの車が停まっていて、介護用の送迎車や高級車も見られる。人工透析を受けている人たちが、経済的な状況に関係なく同じ病院で治療を受けている姿に、考えさせられるものがある。人工透析は週3回、1回あたり4~5時間かかると聞き、その大変さを想像すると、「やっぱり健康が一番だな」と実感する。
過去と未来への思い
人工透析を受けている人たちを見ると、70代や80代の人たちが50代の頃、私と同じような状況だったのかもしれないと思う。彼らは今、どんな気持ちで透析を受けているんだろうか。生まれつき腎臓の機能が弱い人もいれば、過去に不摂生な生活を送った結果、透析が必要になった人もいるかもしれない。きちんとした食生活を送ってきた人については何も言う立場ではないけど、私のようになんとなく酒を飲んだり不摂生な生活をしてきた人間としては、将来こうなる可能性を考えると、やっぱり不摂生を控えた方がいいのかな、と思ってしまう。
でも、70代や80代で人工透析を受けることになったとして、それまでの人生を節制だけで生きるのもなんだかな、とも感じる。70代、80代まで生きられるかどうかもわからないし。後で後悔するのか、今を楽しく生きればそれでいいのか、正直わからない。でも、今の考えとしては、1日1日を「これでいい」と思えるように生きていけば、後悔はないんじゃないかと思う。毎日、紙に「今日もこれでよかった」と書き残しておけば、将来もし後悔しそうになっても、その紙を見て「あの時はこれでよかったんだ」と思い出せるかもしれない。毎日を「これでいい」と思えるように生きるのが、後悔しないコツなんじゃないかな、と思う。
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